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すこし昔、シティのはずれの森に、木こりの親子が住んでいました。
ある日、少年が いつものように 水を汲みに湖に向かうと、
いつもと違った光景がありました。
湖が よどみ、にごり、よごれが漂っていたのです。
「どうして、誰がこんなことを…」
少年は呆然として、じっと湖を見つめるほかありませんでした。
すると、湖の底から何かがユラリと浮かび上がってきました。
「・・・おんなの、ひと?・・・ ―!!」
それは、真っ赤な羽のような鱗に、ぎざぎざの歯で不敵な笑みをたたえる傷だらけの人魚でした。少年は言葉を失い、腰を抜かしてしまいました。
―殺される!! 歌を、声をきいてしまったら
ぼくは おかしくなって死んでしまう!!―
「ぼくじゃないんです!湖をよごしたのは、ぼくじゃ・・・!!」
しりもちをついて、咄嗟に弁明の言葉を震える声で吐き出しても
水面を滑るように 笑顔のまま人魚は近づいてきます。
そして口をひらき、とても美しい歌声で歌い始めました。
すくんだ手で耳を塞ぐこともできず、少年は がたがた歌を聴きながら、
自我を、意識を失うときを待ち構えました。
・・・しかし いつまでたっても意識は消えません。
それどころか、だんだんその歌声はより 甘美に心に響きだし
人魚に対する「おそれ」も麻痺していき、やがて
「この傷ついた かよわい人魚を守ってあげないといけない」という
強い使命感に駆られました。
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